先週とは打って変わって、今週は仕事がとても落ち着いている。
7時過ぎにあがって、ラカーニャへ久しぶりに良成さんに会いにいく。
しばらく見ない間に、長かった髪を短く切っていて、
淡い色の服装とともに、落ち着いた、親しみやすい雰囲気を身に纏っていた。
選曲が昔のハンバートの曲で、ずっと聴きたいと思っていた遠国をやっと聴くことができた。
彷徨も、虹も、双方の雨の夜も、日が落ちるまでも、
今日のうたは、いつもより鼻にかかって、よく響くとは言えないのに、
優しくて強く響いて、途中何度も手で顔を覆わずにはいられなかった。
ここしばらくは気乗りがしなかったけど、
外の世界も、内の世界も、常に変化していて、
強まったり弱まったりの重なりあいを、巡り合わせというのかもしれない。
今日の日に、この時間に集約されたこれまで過ごした全ての時間に、とても感謝しています。



以下は、陰の部分で、つまらなくて暗くて、誰が見ても得られるもののない内容だから、
個人の独りごととして、興味がない人は読まないことを、強く勧めます。





今日は、ずっと想っている人に会えた。
彼女のことを思っても、もう苦しみも少なく、大事な記憶のひとつとして整理できている。
でも、ふいに似た人を見かければ胸が高鳴って、本人を見かけると、こんなにも落ち着かなくて、
根底の部分では、まったく成長できていないまま、この年になったって、いつまでも幼稚な子どものままだ。
この気持ちはやはり他にはない特別なもので、おかげで付き合っても半面には常に罪悪感を孕んでいて、
苦しみ、苦しめて、他の人を心から好きになることはできなかった。
恋する気持ちは、彼女のところに全て置いてきてしまった。
もう何年も経ったのに、消えない気持ちに少々呆れたりもする。


でも、僕はこれでいいと思う。
別の女性との関係を強く求めることもないし、他にやりたいことは、時間をかけて積み上げることがいくらでもある。
彼女と出会えたおかげで、自然でいたいと思う自分でいることができる。
そういう自分に気が付けた。
彼女は生き方を変えてくれたひと。
生涯で何人も巡り会えない、大切な人。
だから、恋愛とは別の感情で、感謝の気持ちで溢れている。
短い時間で、切り出せなくて、言えなかった気持ちは、きっともう届かない、古い宛先へ向けて綴った。
いつかまた話せる日が来たら、その時にはちゃんと伝えられるだろうか。


一方で、もうこちらに響くことのない気持ちに悲しさを感じるけど、それは焦燥感や絶望とは遠いもので、
人生の分岐点のひとつとして、強い気持ちの元に、大きな傷として刻まれている。
それはもう体になじんでしまって、たまに痛むときもあっても、もう自分を表す特徴のひとつでもある。


一緒にいたいと思う気持ちはある。
そういう関係にはもう戻れないことはわかるくらいには考え尽くしている。
卑屈、無責任以外の何ものでもないのかもしれないけど、彼女には彼女の望むかたちで幸せになってほしい。
僕に叶えられるものがあれば、なんだってしてあげたいけれど、それは彼女の人生を支えるものじゃない。
だから、彼女が自由に幸せを求めていられるように、可能な限り、遠くで願う。
たまに会えて、それまでのことと、そのときの姿が話し合えたら、それ以上のことはない。


何が間違っていても、気持ちに嘘をついて、無理に忘れようとは思わない。
自分に自然な変化が訪れるのを、どんな変化も受け入れられるように、
あたたかくても寒くても、窓を開いて待っている。


今日は、いい日だった。
ひとり映画を見るか、本を読んで過ごすはずだったのに、
少し足を伸ばしたおかげで、とても大切な、特別な日になった。